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医師の労働生産性分析

 周知のように、労働生産性は、産出量を労働投入量で割って算出する統計量である。産出量としては、粗鋼生産等の産出物(物的労働生産性)や売上げ(価値労働生産性)、付加価値(付加価値労働生産性)が用いられる。労働投入量としては、人数あるいは人時間が用いられる。

 医療サービス分野で、医師は労働投入量の一部に過ぎない。看護師をはじめ多くの職種が同じ医療機関の中で働いているからである。ただ、感覚的には、医師と他の職種は補完財と考えられているようだが、実際に医療機関内に於いては代替財として振る舞う。これまでもしばしばDEA(データ包絡分析)、SFA(確率的フロンティア分析)等によって労働投入量だけでなく資本投下(設備投資など)も包含した分析が行われてきている。その中で医師や看護職員の労働投入量を議論することには切実な意味がある。他方、産出物の質を議論することは難しい。まず、産出として異なる疾患・診療科の患者の数等を比べることには、一定の留保が必要である。さらに、日本では国民皆保険制度の下で原則として一物一価の公定の診療報酬点数表で価格が決定されており、患者にも個々のサービス提供者にも価格決定権はない。診療報酬点数については、外保連はじめ関係団体から異議の出されることもある。

 しかしながら、一般にサービス業の特性として言われる、同時性、不可分性、不均質性、無形性等は医療分野でも通用する。人時間という労働投入量を考えるときに決定的に重要なのは、不可分性から来る在庫不能という性質であり、それはつまり時間の議論である。質や難易度は人に附属していると考え、また分業と統合による現状の業務設計を所与とせず、時間のみを軸として以下の医師および看護職員の労働生産性分析を行っている。なお、今回収集した医師の労働時間データは抽出データで、施設によって回収率も異なるため、医師の労働投入量としては常勤換算医師数を採用した。

 病院で勤務する医師を考えるとき、その人時間の大半は入院患者の診療に従事している。特に急性期病院に置いてはDPCが導入され、むしろ外来での業務に、以前なら入院時に行われていた業務が積極的に進出し、外来業務の中では入院業務のために行われている部分が相対的に増えてきている。まず、産出量を年間新規入棟患者数とし、投入量を常勤換算医師数としてY軸に取り、これをX軸に常勤換算医師数を取ってプロットしたのが図Pr1である。バブルの大きさは常勤換算医師数であり、Y軸が医師の生産性となる。


図Pr1:医師の労働生産性分析。丸の大きさは、常勤換算医師数。

常勤換算医師数が50人より少ない病院では、労働生産性は非常に多様で幅が大きい。小規模病院では業務もまた多様であることが伺える。100人を越える辺りから労働生産性は50〜200の幅に収束し、300人を越えると100を越えなくなり、さらに規模が大きくなると50を割り込んでくる。病院医師数が増えても労働生産性の向上は見られず、単純な規模の経済は観察されない。医師一人当たりの年間新規入棟患者数が50人とは、たとえば、医師一人なら1週間に一人の患者を入退院させており、医師5人のチームであれば、週日毎日一人ずつの患者を入退院させているということを意味する。

 次に、入院部門だけでなく、外来や中央診療部門を全て合わせた看護師、准看護師、看護補助者の総数(以下、看護職員数とする)を投入量として、産出量は同じく新規入棟患者数として、その労働生産性をY軸に取り、X軸に看護職員数を取ってプロットしたのが図Pr2である。なお、バブルの大きさは常勤換算医師数であることに注意されたい。


図Pr2:看護職員の労働生産性分析。丸の大きさは、常勤換算医師数であることに注意。

小規模病院はやはり看護職員の労働生産性は多様ではあるが、看護職員数の多い病院では労働生産性が15を割り込まなくなり、医師の労働生産性(図Pr1)とは異なる分布が見られる。

 最後に、医師の労働生産性をY軸に取り、常勤換算医師一人当たりの看護職員数をX軸に取ったのが図Pr3である。バブルの大きさはやはり常勤換算医師数である。


図Pr3:医師の労働生産性と常勤換算医師一人当たりの看護職員数の関係。丸の大きさは常勤換算医師数。Y軸は医師の生産性。

図Pr3では、看護職員の労働生産性は原点からの傾きとして読み取ることができる。一瞥して明らかなように、常勤換算医師数の大きい病院の大半は、右上上がりの細長い群を形成し、常勤換算医師数の小さい病院の過半はその右下に散在している。大規模病院の群は二つのことを示している。一つは、大規模病院の群の傾き、つまり看護職員の労働生産性は一定の比較的狭い範囲に収まっているということ。なお、小さい規模の病院では業務が多様で、また、入院期間が比較的長いということを反映しているものと考える。二つ目は、大規模病院では、医師一人当たり看護職員数が少ないと医師の労働生産性は低く、多いと高くなっているということ。

 これらから、まず、病院医師一人当たりの看護職員数の多い病院では、現時点でも医師の労働生産性は高い。従って、大規模病院で医師の労働生産性を向上させるためには、医師一人当たり看護職員数を4程度まで増やす必要があるのではないかと考える。また、医師一人当たり看護職員数が少ない大規模病院で、医師から看護職員への業務委譲を行うことは、看護職員の労働生産性を下げ、結果として医師の労働生産性をさらに低下させる結果に結びつく可能性があり、慎重に行う必要があるのではないかと考える。

 これらの検証のためには、今後、医師一人一人のタイムスタディについて、多職種への業務委譲の可能性に加え、医師何人でその業務を行っているのか、本来であれば何人で行うべきなのかも検討する必要がある。その時、質と難易度は無視できないが、労働生産性の議論では、基本的には、人時間をまず考えるという点は動かない。